あなたと一緒にごはんを食べたい。「たべる しゃべる」
自分だけの台所を持ったのは22歳のときだった。高校を卒業して上京、大学の寮に入ったがすぐに故あって姉と千葉で暮らすことになった。
私の作る料理は母よりも姉の影響を色濃く受けている。姉と暮らした3年半で、私は料理を覚えたようなものだからだ。姉は私よりもずっとずっと食べることが好きで、作ることが好きな人。
料理をちゃんと習ったことがない。母のそばで卵を混ぜたり、姉のそばで皿を洗ったり、木ベラを任されれば得意げに、千切りを任されれば恐る恐る。あとは家にあるレシピ本を見い見い、失敗しながら少しずつ覚えたのだと思う。
22歳、初めての一人暮らしと台所は誇らしく、何より自由だった。
そこで初めて作ったのは、豆腐入りの鳥つみれ。フライ返しを買い忘れて、菜箸でどうにかひっくり返した。豆を甘く煮たり、鍋いっぱいのポトフを何度も温め直して食べたり。
友人を自宅にお招きするというのも、初めての経験だった。
小林カツ代さんのチキンカレーをつくった。手羽元を前日からヨーグルトに漬け込んで、初めてのスパイスもあれこれ買い込んで、鍋いっぱいに煮込んだ。職場の同僚を招いて、きゃあきゃあ笑いながら、ひとしずくも残さず平らげた。
チキンカレーと玄米ごはんをテーブルに置いて、彼女らは私に何を話してくれたのだったか。職場の愚痴や、先輩の物真似や、この先この仕事をいつまで続けて行くのかどうか、お互いの過去の恋愛や、いまの恋人のこともたぶん話していたんだろう。
あれは誰かのためというよりも、私自身が楽しくて楽しくて、作ったカレー。
料理家高山なおみさんが、友人たちにごはんを作りに行く。彼ら彼女らにはこんなものを食べさせたい、とメニューを考えて。あるいは行った先の台所で出会ったものをこうしてあげよう、と刻んで、煮込んで。そうして話をする。料理をしながら、食べながら。
私たちはいままで食べてきたものでできている。
私たちはいままで出会った人やもののかけらでできている。
それらを、一緒にごはんを食べながら、おしゃべりをしながら、そっと分かち合って、交換して、そうやって生きていくのだ。
なつかしい人たち。愛しい人たち。元気で生きていますか。
いつかまた、あなたと食卓を囲んでおしゃべりをする日が、来ますように。
黄色い街、パリ 「げんきなマドレーヌ」と「巴里の空の下オムレツのにおいは流れる」
- 作者: ルドウィッヒ・ベーメルマンス,Ludwig Bemelmans,瀬田貞二
- 出版社/メーカー: 福音館書店
- 発売日: 1972/11/10
- メディア: 大型本
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- 作者: 石井好子,花森安治
- 出版社/メーカー: 暮しの手帖社
- 発売日: 1963/03/12
- メディア: 単行本(ソフトカバー)
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完全に私のイメージなのだけれど、パリは黄色い街。
「げんきなマドレーヌ」は、黄色い。少女たちの帽子もコートも黄色いのだけれど、そもそも白い枠に黄色地、そこに墨一色で彼女たちの暮らしーパンを食べ、歯を磨き、降っても照っても2時半に散歩に出かけ、それを万事二列になって過ごすーは描かれている。その黄色はパリの陽だまりのように彼女たちを包み、それでもその下には暮らしがある。「むねのいたむこと」も、ある。
同じようにパリの空の下、暮らし、歌い、お料理をした石井好子さん。冒頭に描写されるオムレツの美味しそうなこと!オムレツをおいしく食べるコツは曰く「バタをたっぷりつかう」そして「できたてを食べる」こと。
母の作る「オムレツ」は薄焼き卵で野菜と挽肉を炒めたのを包むものだった。私はそれが大好きだったし、いまも懐かしい。小学校の給食で「黄色くて端の尖った楕円のオムレツ」…小さくて固いの、を知り、その後、兄と姉と父が愛読していた「美味しんぼ」にてふんわりと丸い、オムレツを知った。
そしてそう、「こまったさん」シリーズ!
こまったさんのオムレツ (おはなしりょうりきょうしつ (4))
- 作者: 寺村輝夫
- 出版社/メーカー: あかね書房
- 発売日: 1983/11
- メディア: 単行本
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メレンゲと合わせるふわふわオムレツ、納豆のオムレツ!
おいしいものが出てくる本は好きでも、料理が上手なわけではないので、私はオムレツが作れない。それらしきものをなんとかフライパンの中でまとめ上げるけれど、いびつだったり焼き色がついてしまったり。石井さんの描くようなオムレツが私の台所から誕生したことはいままでに一度もない。火加減?フライパンの動かし方?バタの量に思い切りが足りない?
奥深く、簡単にはいかない、いつか辿り着いてみたい憧れの理想のオムレツ。
お皿の上にこんもりと鎮座まします黄金のお山。
マドレーヌもパンと一緒にオムレツを食べたかしら。
ツタのからんだ古い屋敷にはマドレーヌが二列になってパンを食べていて、街中では石井さんがシャンソンを歌っている。舞台が終われば友人と一緒にグラティネ(オニオングラタンスープ!)を食べ、下宿ではロシア人のマダムが卵もバターもたっぷりのオムレツを焼いてくれる、私の中のパリはそういう街なんである。
「どうぞのいす」
うさぎさんの作った「どうぞのいす」は「どうぞおすわりください」のいすだった。
ろばさんは「どうぞのいす」の看板を見て、「どうぞおつかいください」のいすだと思う。でもいすに荷物のどんぐりをかごのまま置いて、木陰で眠ってしまうなんて、不用心にもほどがある。どうするの。荷物に何かあってもしらないよ。
そしてはちみつ抱えてやってくるのはくまさんだ。くまよ、くま。食べてるのは木の実ばっかりじゃないのよ。ヒグマだったらシカもイノシシも食べるし、ロバもたぶん食べるよ。ヒグマだと書いてはいないけれど。
くまさんは「どうぞ」の看板とどんぐりをみて、「どうぞおめしあがりください」のいすだと思う。「どうぞならばえんりょなく」とかごいっぱいのどんぐりをたいらげる。ろばさん座ってなくてよかった。木陰で眠ってて気づかれなくてよかった。
くまさんは言う。「でもからっぽにしてしまっては あとのひとにおきのどく」
くまさんはこの「どうぞのいす」を、おすそわけを置いておくもの、美味しいものを提供する場所と解釈したんである。やさしい。そしてひとびんのはちみつを籠の中に入れておいた。
次にやってくるのはきつねさん。きつねさんは細長いパンを2本もっている。きつねさんも看板をみて「どうぞならばえんりょなく」とはちみつをすべておいしく舐めてしまった。このしたたるはちみつ、つやつやとしておいしそう。
きつねさんは言う。「でもからっぽにしてしまっては あとのひとにおきのどく」
あっという間にシステムを理解する。自分がおいしくいただいたぶん、次のだれかにもおいしいものを用意すること。そしてパンを1本置いていく。
その後、10ぴきのりすさんがやってきた。くりひろいの帰り道、両手に山ほどのくりをかかえて。りすさんたちはかごの中のパンを分け合って、またたく間にたいらげた。
このパンが美味しそうなんである。きつねさんのパンは細長くてフランスパンのような形をしているが、りすさんたちがもふもふとほうばる断面をみると、皮はかたくないのではないかと思われる。フランスパンではこうはならないのでは?コッペパンのような、やわらかめの皮なのでは。いや焼きたてのフランスパンなのかもしれないな。
パンはふっかりとした中身であってほしい。バターの香るしっとりした生地で、もっくりと割ると、しあわせな湯気がほわほわと、ほんのすこしだけでも出てくるといい。ひとくちごとに鼻を近づけて、すんすんと香りを嗅ぎながら食べたいパンだ。
りすさんたちも言う。「からっぽにしてしまっては あとのひとにおきのどく」
どんぐりの入っていたはずのかごには、くりが山と盛られている。
さて昼寝から目を覚ましたろばさんはどうするか。
ろばさんは「どうぞおつかいください」のいすだと思っているから、かごの中身がすっかり変わっていることにおどろいても、荷物をそのままもっていくのだと思う。どうぞの品をおいしくいただいて、自らもおいしいおすそわけを置いていくことはしない。
あとに残るは「どうぞのいす」の看板と、短いしっぽのついたかわいいいすだけ。
思いがけずおいしいやりとりがあったことを知っているのは、おなかのふくらんだ彼らといすと、さいごまでそっと見ていた、わたしだけ。
「金のがちょう」、あるいは黄色い絵本
- 作者: グリム,バーナデットワッツ,the Brothers Grimm,Bernadette Watts,福本友美子
- 出版社/メーカー: BL出版
- 発売日: 2008/10/01
- メディア: ハードカバー
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空とぶカバン ほか5へん オールカラー版世界名作 (イソップ・グリム・アンデルセン(1))
- 作者: 柴田民三・他,安野光雅・他
- 出版社/メーカー: 国際情報社
- 発売日: 1970
- メディア: 大型本
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高校1年生の秋、古い古いあの借家を出た。といっても次は今までよりは新しいけれど、今までよりもずっと狭いアパートの部屋だったので、私たち家族はずいぶんとたくさんのものを処分した。
そのときは、そういうものかと思って、ほいほいと処分した。絵本を何冊も何冊も処分した。ひもをかけて、ぎゅっと縛って。
あれから20年近く経って、自分の選択に後悔する。後悔しかない。どうしてあんなに愛していたあの黄色い絵本たちを捨ててしまえたのだろう?何を手放しても持っていくべきだったし、できないなら祖父母に頼み込んで物置の隅にでいいから置かせてください、と守るべきだった。今でも、今になって、こんなにも読みたくなるなんて。
国際情報社「世界名作イソップ・グリム・アンデルセン」全18巻は箱入りで、つるつるした手触りの心地いい、美しい絵本だった。箱と背表紙は鮮やかな黄色で、私はそれを「黄色い絵本」と呼んでいた。素足のひざこぞうにのせて開けば、冷たくて気持ちよい。部屋のすみで夢中で読んだ。
カバンにのって空を飛び、お菓子の家をぼりぼりかじり、赤い靴を履いて踊った。イラクサをふんで糸にしてシャツを編み、小ビンのふたを開けて悪魔を自由にした。
「金のがちょう」も、この絵本で初めて読んだ。
なんといっても冒頭のお弁当のシーンが好き。しかし、きこりのお父さんに代わって木を切るべく森へ行く上のにいさんにも2番目のにいさんにも、お母さんは「上等のたまごがしとぶどう酒を一本」持たせてくれるのに、3番目の末の息子が持たされたのは「水だけ入れて、はいの中で焼いた」菓子と「すっぱいビールが一びん」なのである。しかも呼び名が「とんま」。ひどい。
さて、森で出会った小人に弁当を分けてくれるよう頼まれた兄さんたちは、自分の分がなくなるじゃないかと断った挙句、腕や足に大けがをして帰ってくる。そこで末の息子が粗末な弁当を持って森へ行く。同じように小人に頼まれた末の息子は自分の弁当は粗末だが、それでよければ一緒に食べようと包みを開く。中身はなんと、「上等のたまごがし」と「いいぶどう酒」に変わっていた。
これを書くためにいま手元に用意したのは「少年少女世界文学全集 ドイツ編⑵ グリム童話集」(講談社、昭和38年)なのだけれど、黄色い絵本とは文章がやはり違う。もう手元にないからうろ覚えなのだけど、末の息子が持たされるのは「カビのはえかけたパンとすっぱいおさけ」で、変わった後は「あまいたまごのおかしとじょうとうのぶどうしゅ」だったと思う。これが好きだったのだ、「あまいたまごのおかし」。なんだろうなあ、どんなんだろうなあ、と考え、私の中では「ちょっと時間がたってザラメがういてきてしゃりしゃりするカステラ」がそれである。最高においしい、あまいたまごのおかし。
でももしも、上のにいさんや2番目のにいさんが先に弁当を分けていたら、がちょうとお姫様をもらうのはにいさんだ。もしくは3番目が兄さんたちと同じように、最初からおいしい弁当を持っていたらどうだったろう。彼は気持ちのやさしい人間だから「いいよ、お母さんのおべんとうはうまいのさ」とかいいつつ小人と食べることになるのだろうか。あるいは彼もにいさんと同じ反応をするだろうか。
「とんま」だけれど「気持ちのやさしい」末の息子というのはあくまでそう語られているだけなので、末の息子が腹のなかでほんとうは何を考えていたかなんてわからない。事実としては、お腹をすかせた小人にお弁当を分けてあげた、たったそれだけ。もしも「粗末な弁当だからこそ分けるのも惜しくなかった」のだとしたら、彼はただただ幸運だ。がちょうをもらい、王様からの無理難題を全て小人に解決してもらい、お姫様と国を得て王様になるというんだけど、彼自身の能力も努力も何も描かれないまま。小人なしで大丈夫なのか。この先王様業に苦労しないとも限らない、やさしいだけじゃどうにもならないこと、あるし。でも案外したたかなところもあるかもしれないし……
ちなみに前述の昭和38年刊行の文学全集も、数年前に祖父母の家を断捨離するときに候補にあがり、そんなの絶対ダメ!ほしい!もらう!と言ってもらってきた。母が子どもの頃、祖母が揃えたものだという。開くとほこりやお線香や、祖父母の家の成分が混ざり合った、古い本の匂いがする。
「二ほんかきのき」
「うちの庭でとれたさくらんぼ」を給食時にクラスメートがふるまってくれたりだとか、友人宅の裏庭になるカリンズで作った果実酒は彼女のお祖父さんの好物だとか、そんな話を聞くたびに「自分の木がある」というのはいいだろうなあと思わずにはいられない。
季節ごとに花を咲かせ、葉を繁らせ、色の移り変わりを楽しみ、さわさわと葉を散らせた後には、空に向かって手を広げる幹が静かにそこにある。それが自分の過ごす場所のそばにあって、それを見つめ、見つめられながら暮らす。公園ではない、街路樹ではない、自分の家にある、というのがいいのだ。私のものであるということ。私と手を繋いでくれる自然が側にあるということ。あまくてみずみずしい実がなる、果物の木であれば、なおのこと、素敵。
甘い柿と渋い柿と、桃の木のある家の1年の話。
1月、冬の最中に兄弟は豊作を願って果物の木に「なりきぜめ」をする。
兄が「なーりそうか、きりそうか」と言いながら幹に鉈で傷をつける。
弟は「なりますなります、なったらおかゆをしんぜます」と言って粥を塗りつける。
「なりきぜめ」はこの字を書くのか、とこの度初めて知りました。なりきぜめ、やってみたいのです。今でもとてもとても。
春には花を拾い、青い柿の実と葉っぱで人形を作り、夏には桃の実をもいで食べながら木陰のブランコを揺らしてあそぶ。桃の実の、甘そうなこと、みずみずしそうなこと!甘い柿が熟す頃にはもう秋も深まっている。
渋い柿が熟すのはそれから。渋い柿は背が高くて、梯子に登ってもてっぺんまでは届かないので、お父さんが高い枝に登って木を揺らして落とす。
もいだ渋柿は家族だけでなくご近所も総出でくるりくるりと皮を剥かれて吊るされて、白い粉のふくころには、あまいあまい干し柿ができあがる。
冬の間は「木守りの実」が残って、雪どけを待っている。この雪がとければまた次の、芽吹きと実りの季節がやってくる。必ずやってくる、季節とのやさしい約束。
庭に木を植えるなら、甘い柿と渋い柿と桃の木にしようと思っていた。
17歳のとき、果実過敏症になって、りんごと桃が食べられなくなってしまった。どんどんアレルギーが出る果物が増えていって、柿を食べても喉がちょっと痒くなるようになってしまった。とほほ。
以来生の果物が食べられないけれど、加熱するとなぜか平気になるので、桃はワイン煮にしている。柿も今度、焼いてみようと思う。
柿を焼くのはこの味です。
焼いてる柿は渋柿だけど、富有柿でもいいのかしら。
「おやすみなさいフランシス」
- 作者: ラッセル・ホーバン,ガース・ウイリアムズ,まつおかきょうこ
- 出版社/メーカー: 福音館書店
- 発売日: 1966/07/01
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よく眠る子どもで、昼寝は大好きだしこたつに潜り込んで本を読みながら眠ってしまうこともしばしばだったけれど、夜になってさあ眠りますよおやすみなさい、というときには「まだ眠たくない」と思っていた。眠る前に、あたたかくした一杯の牛乳をもらっていた頃のこと。
まだ遊んでいたいし本も読みたいし、おしゃべりもしたいし、大体弟は父と母と階下で眠るけれど、どうして私は二階でひとりで寝なきゃならないの、と思っていた。
おまけに階下からは、母と姉と弟の笑い声が聞こえてきたりするのだ。ずるいずるい、眠たくない。
だから降りていく。「のどがかわいたの」
だから降りていく。「楽しそうだなって」
だから降りていく。「ずるいずるい」
フランシスもミルクをもらって自分のベッドにもぐりこんだ後、天井の割れ目が気になるだの部屋に大男がいるだの、眠れなくて何度も両親のいるリビングに現れるのだけれど、何度めかのとき、彼らはテレビを見ながらケーキを食べていた。
夜中のケーキ!こんなにもときめく言葉があるだろうか。挿絵から推察するに、スポンジにジャムかクリームを挟んだごくシンプルなケーキと思われるのだけれど、さてその挟まれたジャムやクリームはなんだろう?
テレビを見ることは許されないが、フランシスはひときれケーキをもらう。
「フランシスが真夜中に食べていたケーキ」は何だったんだろうなあ。
プレーンの生地に、いちごジャム。あるいはブルーベリー。マーマレード。シンプルに生クリーム。
あるいはショコラの生地に、ココアクリーム。
シナモンの香りがしても美味しいかも。
ふかふかのケーキかしら、それとも、しっとりしたケーキ?
何にせよ、おかあさんの手作りだろうなあ。
姉から聞いた、ケーキの思い出の話。
兄と姉の幼い頃(私は姉と5つ離れている)はもっとずっと生活が苦しかったんだと思うんだけど、母が作ったクリスマスケーキはそれはそれは。泡立て過ぎたぼそぼその生クリームと、温州みかんが薄皮も剥かない房のままのっていたの。
いただきもののバタークリームのクリスマスケーキを食べながら、私は思わず笑ってしまったし、母もそうだったかしらと笑っていた、ような気がする。
そのケーキのことを考えると、若い両親の薄い財布や、姉のせつない気持ちやらで、いまではほんのり泣けてくる。
私たち姉妹はたくさんケーキを作るようになった。姉がシフォンケーキに熱中していたときには、私たちは何度も夜中にふんわり膨らんだケーキをほうばった。
「ぐるんぱのようちえん」
「かーさんケット」というビスケットがある。
パーマ頭のお母さんが皿に盛られたビスケットをこちらに差し出すパッケージ、容量は多いしお値段はお手頃。
母がよく買うおやつのひとつだった。
私はそれをティッシュペーパーの上に何枚かもらって、コップには麦茶を注いで、隙間の図書室に潜り込む。冬ならばこたつ。
私には、絵本とビスケットと隙間の図書室、寒ければ毛布があればそれだけでよかった。
それでも、ときには絵本を放り投げて膝に顔をうずめたりまあるく横になってみたりして、誰もいない部屋の隅で、きいんという無音の音を聞きながら、わけのわからない気持ちが通り過ぎるのを待っている。
いいや、幼心にもわかっている。
その気持ちの名前は「さみしい」。
ぐるんぱはいい年して仕事もせずに森でさみしい気持ちを持て余し、うっすら泣いて風呂にも入らないいわば引きこもりの象である。
群れは話し合いの末、ぐるんぱを本人の気持ちはさておき働きに出そう、と結論づける。
ざぶざぶ洗われたぐるんぱはさっぱりしたなかなかの若者になった。
最初の勤務先はびすけっとやのびーさんのところ。
はりきって作った「とくだいびすけっと いっこいちまんえん」は買い手がつかず、ぐるんぱはびすけっとを退職金に「もう けっこう」。
(おしえてくれたらいいのに。
どのくらいの大きさにするとかさ。ぐるんぱの手が大きくてむりなんだったらさ、ぐるんぱにできることをおしえてくれたらいいのに)
さらやのさーさん、くつやのくーさん、ぴあのこうじょうのぴーさん、じどうしゃこうじょうのじーさん…
ぐるんぱの作るものはどれもどこでも人間には合わないサイズで、ぐるんぱはその度に作ったものを手に、しょんぼりと職場を去っていく。
また涙が流れそうになったころ、ぐるんぱは子だくさんのお母さんと子どもたちに出会う。
そしてようちえんをつくるのだ。
びすけっとをおやつに、おさらはプールに、大きなくつやすぽーつかーでかくれんぼ、ピアノを弾いて歌うぐるんぱ。
もうさみしくないし、ひとりじゃない。
ああよかった、ぐるんぱ、よかったね。
「びすけっと、まだたくさんのこっていますね」
最後の一文に、私はいつも不安になった。
だってびすけっとはいつかなくなってしまう。びすけっとがなくなったらどうすればいいのかしら。
まあるくなってぎゅっと目を閉じて考える。
びすけっとがなくなってもみんなようちえんにきてくれるかしら。
ぐるんぱはまたひとりぼっちになったりしないかしら。
その頃には、ティッシュペーパーにはビスケットのかすが残るだけ。
いま考えてみれば「とにかく働きにでて社会と関わりを持て、どんな経験もいつか役立つスキルになるはず」というお仕事物語でもあることに気づく。
そしてぐるんぱ、サイズはともかくそれなりに形にできちゃうって、器用!えらい!
ひとりで本を読むのはもちろん好きだけれど、ここにこうしてひとりぼっちはさみしいので、ぐるんぱを見習って森を出ましょう。
まずは絵本の思い出など、書いていきます。
これです。これこれ。